ゆとり世代が考えるマネジメント

ゆとり世代のサラリーマンが世代間ギャップや新しい時代のマネジメントを考える

才能か重要なのか、努力が重要なのか

「才能が重要なのか、努力が重要なのか」この問題が多くの場所で議論されているのを見てきた。僕も大学生の時にこの問題にぶつかってから色々な本を読んで考えを巡らせてきた。まだ答えは出ていないけれど、個人的に今一番納得のいっている答えを書いてみたい。

 

 結論から書くと、努力は重要だが、努力では埋まらない才能の差というものは存在すると思う。多くの人から批判を受けそうだが、死ぬほど努力しても埋まらない才能の差というものを痛感して打ちのめされた経験が、少なくとも僕にはある。

 

正直に言って「努力は裏切らない」「努力は素晴らしい」と洗脳のように言い聞かせて何かをやらせることは僕は好きではない。じゃあ、スポーツの試合や音楽のコンクールで結果が出なくて涙をのんだ方は努力が足りなかったのか?僕はそうは思わない。厳しい話かもしれないけれど、努力だけでは絶対に埋まらない差は存在する。

 

だが、僕は努力することに意味は絶対にあると思っている。それは「一見報われなかった努力が、長期的に見れば報われる」例を数多く見てきたからだ。

 

僕の場合は、大学時代のサークル活動で、部長的な立場にいながら結果を残すことができなかった。必死に頑張ったとは思っているが才能の差には勝てなかった。でも社会人になって、その時の苦しさを知っているからあまり病まなかったり、チームで仕事をする時のマネジメントについては今でも自信を持っている。正直、学生時代は報われなかったと思った努力だけれど、社会人になって数年たった今になって、あの時の努力が報われていると感じている。

 

努力しても結果が出ないからといって、「自分が悪い」「努力に意味がなかった」とは思わないでいい。環境が変わって違うことに取り組み始めたとき、その努力が思わぬ形で報われることもある。だから、努力しても結果が出ずに苦しんでいる人に、「努力すれば結果がでるから」と言い聞かせて同じ場所に置き続けるのはやめた方がいい。その人の努力は、違う方向や違う場所ではぴったりとかみ合って、ものすごいアウトプットを生み出す可能性がある。(むしろ、結果が出ないのに努力を継続できる人はそれ自体がとんでもない才能であり、一刻も早くその努力がアウトプットにつながる場所を探してあげた方がいい)